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2020.0713 O.A 北海道大学病院 消化器外科 宮岡陽一氏

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2019年3月に南極から戻り、現在は札幌に。大学に戻り、下部の消化管というグループに所属し、主に大腸ガン・直腸ガン等のガンの手術をメインに携わっていらっしゃるそうです。実は南極から30人分の隊員の便を持ち帰ってきたそう。南極に行っている時は食事はみんな一緒。腸内細菌は食べた物や人種によってもかわると言われています。南極で同じ物を食べていたらお腹の中の細菌は一緒になるのではないかと思い、南極に行った直後とある程度時間が経った時の便を採取し、凍結し日本に持ってきました。便に入っている善玉菌、悪玉菌がどの様な配分になっているのかを今解析しているところ。腸内細菌はストレスで影響を受けるという話もあり、隊員の中には外で活動する隊員、基地の中で活動する隊員もいるので、あとは喫煙やお酒が好きな隊員もいるので、その様な事で変化がでたりしないかなと思っているそう。解析はもうす少しで終わるそうですが、面白い結果が出るのでは?とおっしゃっていました。でもどうしてその様な研究をしようと思われたのでしょう?「一番興味があるのは、人類は今後宇宙にいく人たちが多分増えてくると思うのです。多分ネックになるのは、他の惑星に行った時の食中毒。お腹の中の細菌が違うと抵抗性があったりする可能性があると思います。でも皆同じ物を食べて腸の中が同じであった場合、例えば食中毒だと皆が一緒にアウトになってしまう。それこそ命に関わる事態になると思うのです。その様な変化があるかどうかを調べたり、今後のプランとしては、なんでもない時に善玉菌の入ったヨーグルトや納豆を食べたらどうなるのか?食べ物によって感染を防ぐ事ができたり、抵抗力をつけることができないか・・前段階として南極で調査したのです。」南極でやる意義は閉鎖空間。土壌も凍っていて細菌がいない。お腹の中の菌に影響を与えるのは摂取できる食事のみ。その影響がどう変わってくるのかをみたいのが一番とおっしゃっていました。
<part2> 
また南極には行きたいそうですが、あと10年位は医師として研鑽を積みたいと。最近、南極で急病人が発生し、4月位にたまたまロシアの船が日本の基地の近くを通ったのでレスキューしてもらい急病人と医師の二人は南アフリカ経由で5月に日本に帰国。4月は南極では真冬に入る直前。南極の日本の基地から日本まで帰ってきたのは観測60年やっている中で初めての出来事だったそうです。基本的には何かあった時には基地の中で対処する事、それがダメだったら諦めて下さいという事の様です。日本人の隊員は基地にいく前に必ず一筆サインするそう。ですから今回はたまたまロシアの船が近くを通りかかったので助けてくれたという事に。非常にラッキーな事だったのです。次の船の出発は平年だと11月。今回はコロナの件があり、観測も色々難しくなっているそう。ただ観測を止めたりとか、基地から人がいなくなるという事はないのではと。人がいないと、すぐ凍ってしまい基地の機能が完全に破綻してしまう。すると再開する事はおそらく難しくなると思うとおっしゃっていました。もし今度南極に行く事ができたら何をしたいのでしょう?現在、南極の内陸に新しい観測場所を作ろうとしているそう。海岸から内陸に約1500キロ位の場所なので、そこで観測のお手伝いをしたいそうです。ペンギンにも氷河にも遭遇。見つける事ができなかったのは隕石。次回は南極に落ちている隕石を見つけたいと。59次の国立極地研究所南極観測センターの隊員として活躍なさった宮岡氏。南極から戻って思った事とは・・・「やはり思ったのは人間一人では生きていけないという事ですね。日常生活だけではなく、医療という面でも南極では医師しかいないので、医療の業務は全部医師がやらないといけません。日本であれば看護師さんや検査技師さん、理学療法士さん、その様な方々がいて医療が成り立っています。日本だと当たり前になっていてそれを実感できないので、あらためて医療というのはあらゆる人々がいて成り立っていると、その有り難みを実感できたと思います。」

2020.0706 O.A 釧路労災病院 外科 浜田卓巳氏

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<part1> 
出身が室蘭、釧路は霧の多いところ等が似ていて懐かしい感じがしたそう。大学時代は東京で過ごし、ゴミゴミした感じや満員電車、高いビル等が肌に合わないと感じたそうです。医師というか、外科医に最初からなりたいと思いこの道を選ばれました。お父様も外科医で身近な存在でもあったのです。また、テレビで伝統工芸の技術を継承する番組を見た時に、その様な技術を磨く仕事は格好良いなと感じ、医師という身近な仕事も一つの技術を磨き高める事により患者さんを助けることができる仕事・・・ということで目指してみたいと思ったのです。胃や大腸等の消化器系、小児外科にも興味はあるそうです。お父様の専門は小児外科。「医者の中で父を知っている方は結構いらして、お父さんはすごい外科医なんだよという話をよく聞きました。他には色々医療について話をしている事が的確だったりしてやはりすごいなと思います。」ですから困った時には時々相談なさるそう。少々恥ずかしそうに教えて下さいました。ということは理想とする医師はお父様?それもあるそうですが、今まで知り合って来た外科の先生方にも沢山尊敬できる先生がいらして、そこに近づける様に頑張っていきたいとおっしゃっていました。医師になって4年目。元々忙しいとは思っていたし、覚悟をしていたそうですが、実際にやってみたらやはり思っていた通りに厳しかったと。大変だけど手術が終わった時に患者さんが良い方向に進んでくれたら良かったと思うし、そしてまた頑張ろうと気持ちになれると。「良くなったよ。ありがとう〜という言葉をかけていただけるとすごい嬉しいですね」単純に外科医としては手術が上手い外科医になりたいとおっしゃっていました。手術が上手いというのはわかりやすい言葉でいうと、早い・出血が少ない・合併症が少ない。視界に入る術場の展開されているものを見て次にどこを攻めるべきなのかを瞬時に判断できる能力、何かアクシデントが起こった時に対応できる能力がある医師が理想と。
<part2> 
リクエストは日本の人があまり知らないだろうと思った曲。逆にご存知の方がいらしたら情報を知りたいとおっしゃっていました。オーストラリアに一人旅に行き、エアーズロックに行った時にかかっていた曲。すごく良い曲だと思い曲を検索したらBaydon Willamsという謎の人が表示され、ネットにもあまり情報がなく、おそらくアボリジニの音楽をやっている方だろうと。それから気に入り結構お聞きになっているそう。言葉はわからなくてもそのエネルギー、溢れ出る熱量が伝わってくる感じがお好きだそう。ギターの音色も心地よいと。旅行がお好きとの事ですが、学生の時にアメリカ、シンガポール、タイ、グアム等に行かれたそうです。アメリカはグランドキャニオン。岩が好きなのかも・・・なんて。「グランドキャニオンはとんでもない景色が広がっている感じで、俗な言葉ですが自分なんてちっぽけな存在だと思い知らされる感じ。最初CGでも見ているのかな?っていう感覚になりました。」他の趣味はランニング、ドライブ等。湿原マラソンに出たかったと。ただ現在はそんなに走ることができていないので、もう少し走りたいなとは思っているそうです。走る前とか、本当に疲れているよな・・と思っても、走っている途中に気分が乗ってきたり。フルマラソンを走ったら、走り終わった時の達成感は他では得られないそう。走っている間は辛いそうです。踏ん張った先に見える景色があるというか・・・。釧路にいらして最初にドライブしたのが根室方面。納沙布岬、釧路湿原にもいかれたそう。「根室は車石ご覧になりました?」との問いに「行った後に見ていなかったのに気づいたので、やっちまったな・・・という感じで、もう一回行きます」と。
最後はポリシーをきっちり決めていただきました。「うまくなる努力は絶対に怠らない。あとはフットワークを軽くする。マラソンの様に!」とのことでした。

2020.0629 O.A 釧路労災病院 神経内科 岩見昂亮氏

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札幌出身、札幌育ち、4月に釧路へ。今年車を購入。釧路にいらしてから鶴居、標茶をまわり、細岡展望台で雄大な景色を眺めたとおっしゃっていました。高校までは医学には興味がなかったそうです。高校時代は物理と化学をやっていたそうですが、大学に入り生物に興味が出て、それだったらいっそのこと、一番複雑な生き物というか、ヒトを対象にして勉強したいと大学2年の時に医学部に編入。学年が進むにつれ、実際に患者さんを診て自分で診断をつけて治療をするということに目が向き、その方向へ進みました。神経内科を選んだのは、学生の時の講義で、診断するプロセスというのが興味深かったから。神経内科は特に診察を重視していて、患者さんの頭のてっぺんからつま先まで詳しく体の動きの診察をして、神経のどこが病気になっているのか・・というのを推測する。画像等がなくても診察で、ある程度患者さんのどこに病気の原因があるのかをわかるというのがすごくカッコ良いと思ったそうです。神経内科では患者さんが診察室に入ってきてからもう診察が始まっているそう。歩いている様子、顔つき、座るまでにも観察されているとの事。神経内科で頻度の多いものとしては、偏頭痛、認知症、てんかん。他には多発性硬化症、パーキンソン病、筋ジストロフィーといった神経難病も取り扱う分野。高齢化に伴い、その中で認知症とパーキンソン病等がかなり多いと感じるそうです。認知症が神経内科?と思う方もいらっしゃると思います。線引きが難しいところでもあるそう。認知症に関しては、物忘れがメインなのか、周りに迷惑をかける様なことがメインなのか、言葉が出ないのがメインなのか・・・色々なタイプがあるので、患者さんをよく観察・診察。患者さんの家族からもお話をお聞きしてどのタイプかを診断・治療をするそうです。その患者さんが今後どういう風に病気が進行していくかということを患者さんの家族に伝える事も大事な仕事の一つとおっしゃっていました。
<part2> 
紹介頂いた前田氏と同期、一緒にバンドをやっていたこともあるそうです。バンドの中ではいつも的確なアドバイスをくれて頼りになる存在だったと。高校の時からエレキギターを弾きロックバンドをやっていて、大学に入ってバンジョーを始めたそうです。なぜバンジョー?早弾きに憧れていたそうです。バンジョーは、ピック弾きではなく指弾き。親指と人差し指と中指で弾くので、できたら良いなと思って始めたそうですが、なかなか難しいそうです。ギターでいうボディがスネアドラムみたいな感じになっているので、そこに音が共鳴する。構造としては三味線に近いと。そもそもバンジョーをやったきっかけが、大学にカントリー音楽・ブルーグラスのサークルがあり、そのサークルに入ってそこで選んだのがバンジョー。カントリーも色々あるそうで、ジャズ寄りだったり、ロック寄りだったり。ブルーグラスは、カントリーよりもさらに昔、アイルランドの音楽等が融合してできたアコースティックの音楽。日本でよく例えられるのが、カントリーが演歌だとしたら、ブルーグラスは民謡だと。学生時代6年、ずっとやっていたそうです。「バンジョーの音色は金属的で楽しげな跳ねた感じの音が出るんです。ブルーグラスは皆で曲を練習してきて、その場で合わせるというのも楽しい。また、ジャムという文化もあり、皆知っている曲がいくつかあり、それをその時いるメンバーで合わせて歌ったり、ソロを弾いたりという即興性の高さも魅力的です。」医師になって4年目。理想の医師とは・・・内科の医師は外科の医師と違って治せる病気が限られていると思うそう。でも患者さんは病気と付き合っていかなければならないので、患者さんが病気を持ちながらでも生活していくことをサポートして、どういうところに困っているのかという視点を常に持って一緒におつきあいしていける様なドクター。「神経内科の医師でなければ診ることのできない病気ってあると思うので、そういう方とはその時々に応じて常にお手伝いをしながら長いおつきあいしていくというのが多いかもしれませんね。」

2020.0622 O.A 釧路労災病院 泌尿器科 前田啓介氏

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「熱心で隙のない診療をする」大石氏からのコメントに、「自分が忘れている事で患者さんに不利益が生じたりするのが嫌なので、何回も確認してミスがない様に頑張っています。慎重といえば慎重かもしれません。」先生や先輩に言われた事は忘れない様にメモしたり、次にすぐ生かす事ができる様になさっています。努力家でもあるのですね。お父様が医師、また中高一貫校で周りが医師を目指している人は多かった事も影響して医学部へ興味がわき調べ始めたのがこの道に入るきっかけ。お父様は胸部外科医。現在は地域の病院で働いていらっしゃるそう。元々腎臓に興味があり、透析や慢性腎不全の診療を将来的にやりたいと思っていたそうです。当初は腎臓内科に進もうとも考えたそうですが、泌尿器科を研修して慢性腎不全の管理、腎移植をやっているところを実際に見させていただき、こんなにすごい医療があるんだと泌尿器の道に進まれました。医師になって4年目。お父様は家で仕事の話はほとんどせず、職場にも行った事がなかったので、医師はどういう仕事をしているのか全くわからなかったそうです。今になってお父様がやっていた仕事を理解できたと・・。働いてからの方がお父様との会話が増えたそうです。「父は患者さんに真摯に向き合っていたんだと思います。病院の看護師さん、事務の方から『前田先生は安心できるから』と聞かされ、スタッフからも患者さんからもそう思われていたんだな・・・と。」患者さんに優しい、患者さんに親身になれるドクターが理想。家族ではないけれど、自分の家族だったらどうしてあげたいかを患者さん目線で考えることができ、そして、患者さんが今何を困っていて何に苦しんでいるのか・・患者さんをみることのできる医師。「尊敬する先生がいて、研修医の時に言われた事は、患者さんをみることのできる先生にならないとダメだよと。常に謙虚で、患者さんとコミュニケーションをとるという姿勢を忘れないでね。と言われた事を常に忘れない様にしています。」
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「人の幸せな場面に出会えるのがとても好き。結婚式の新郎新婦の入場が一番好きです。幕が上がってきて新郎新婦が素敵な笑顔で入場して一礼するところで、この人たち幸せになって欲しいな・・・というところから1日の結婚式が始まるって素敵じゃないですか。」と。実は学生の頃、結婚式の式場でアルバイトをしていたそうです。その時にBGMでかかっていて良いなと思ったのが今回のリクエスト曲。高校の時に友達から誘われ始めたのがベース。高校時代は友達とバンドを組んで演奏していたのが楽しい思い出と。当時は色々な曲を演奏したそうですが、邦楽ロックが多く、ミスチルやポルノグラフィティ等を。ところがその後X JAPANやマキシマムザホルモンと路線が変わり。ベースとして弾く分には楽しかったそうですが、ボーカルが大変そうだったと。腹筋してボイストレーニングをして頑張って歌っていたそうです。釧路にもベースを持ってきているそう。「いつでもできる状態は整っているのでお声かけください。」なんて。他にはテニスもなさっていました。テニス歴10年以上。でもしっかりとやっていたのは大学6年の頃と。ただ、その時には結婚式場でのアルバイトもあったので・・。ただ、バイトと部活の両立させたかったのでやるところはやった、部活は。バイトもやれるだけやったと教えてくださいました。今はまったく運動はできていないそう。バンド同様、テニスも誰かとやりたいとおっしゃっていました。これから時間ができたらやりたい事としては温泉旅行があるそうです。札幌生まれでずっと札幌に住み、その後苫小牧、そして釧路と。ですから道東1年生。道東には人生で初めてきたので、知床、阿寒・・色々な所に行きたいと思っているそうです。「理想の医師像同様、ポリシーも患者さんをみるという事で、患者さんに親身になって診療していける医者になりたい。なれる様に頑張る。そこを念頭において今後も頑張って行きたいと思います。」とても真面目で人に優しい感じがお話しから伝わってきました。

2020.0615 O.A 釧路労災病院 泌尿器科 大石悠一郎氏

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小さい頃よくお世話になった近所の病院の先生が、子供の扱いが上手というか、面白い方だったそう。そこでこんな風になりたいなと思ったのがこの世界に入ったきっかけと。「骨の模型は子供にとって怖い感じがするじゃないですか。あれはスーパーマンの骨だよって。すっかり騙されていました(笑)。」小学生の頃の思いはぶれることなく大人に。「泌尿器に決めたのは・・・肩肘張っていないというか、なんとなく見学に行ってすごく雰囲気が良かったんです。」泌尿器に限らず、手術が上手で患者さんに寄り添えるというのが理想のドクター像。実は人工知能の研究をなさっていたそうです。人工知能に前立腺のMRI画像を診断させるという研究。それで大学院を卒業し、現在論文を製作中とのこと。今なら簡単にできそうな感じもするのですが・・・「そのできるをどこにおくのかというのが結構難しいのです。できるできないでいうとできると思いますし、でもやはり本当に人と同じ様にできるか言われると難しいですね。」診断をAIにさせるとか、あるいは手術のロボットの操作をAIにさせるとか、そちらに行きがち。でももっと簡単な事務仕事をAIにさせるという方が・・・まずそこだと思うとおっしゃっていました。IT関係の研究をどうしてもしたいと思っていたそうで、たまたま先輩が連れて行ってくれた講演会にいらしていた先生がAIの研究者だったそう。「これからもう一歩進んだ診断ができないかを考えているんです。あと、パソコン見て私を見てくれないとよく言われます。パソコンの作業をもう少し軽くする事ができたら患者さんの目を見て話すことができると思うんですよね。時間的にも余裕ができるかな・・・と。実は今もうすでにやっているんです。」数学も物理もあまり得意ではなかったとおっしゃっていましたが、今ではプログラミングも。目指すはマツダのSKYACTIV。詳細はon airをチェック!!してみてくださいね。
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趣味はスノーボード。学生時代から初めて今はだいぶ回数は減ったそうですが、でも隙を見て行っているそうです。その自由な魅力にはまっているそう。限度はあるそうですが、飛んだり跳ねたりもなさるそうです。実は以前泌尿器科の先生におしゃれなポスターというか印刷物を見せていただいた事があるのですが、その製作者がなんと先生でした。例えば、研修医や学生向けの泌尿器科医の募集のポスター。ここには泌尿器侍が登場します。泌尿器科は色々なことをします。カメラを使って手術をする、大きな手術もする、結石の治療とか・・幅が広いのです。よって尿管結石侍、ロボット手術侍等を作ったら面白いだろうと思い制作開始。とにかくクオリティが高いのです。構成、デザイン、色、キャッチコピー、どれをとってもプロみたい。他には、医局で年1回出している冊子の表紙。こちらも北欧風のデザインで壁紙みたいです。ポスターを作る時には色に一番気を使うそう。そこで使う色のバランス。表紙を作る時に気を使うのは、きっちりとした形にしたいので簡略化しつつそのデザイン。モチーフは腎臓、尿管、前立腺、膀胱。色は彼の中でのイメージカラーがあるそうで、腎臓は黄色、前立腺は青、膀胱が赤。なんとなくイメージに近い色を割り当てているそうです。ポスターは2012年頃から作り始めたそうです。最初はパワーポイントで作られたとか。医局に任された仕事だったので、いずれは後輩が作る事になるので、誰でも作れる様にそのソフトを使っていました。でも毎年の様に依頼が来るので、ソフトを変え、ネットで使い方を調べたりして徐々にマスターしたとおっしゃっていました。「AIもポスターも勉強することは全く違う事を勉強するのですが、やりたい事があってそれをするにはどうしたら良いかって考えた時にたまたま必要だったものがプログラミングだったり、Photoshopだったりするので。考えている事に向かってやっていく作業は僕の中では同じなんです。」
”通り良ければ全て良し”最後にピシッとポリシーでしめて下さいました。
※表紙データは大石氏からお借りしました。

2020.0608 O.A 釧路労災病院 緩和ケア内科 小田浩之氏・・・2

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さて、今週は新型コロナウイルスの患者さんにも緩和ケアは行われる?というお話しから。
緩和ケアは、歴史的には主にガン患者さんの闘病の辛さを和らげる為に行われてきました。特に日本では2005年、「ガン対策基本法」が制定されて以降、ガン治療の現場を中心に普及啓発が進められてきた経緯があるそうです。ただ、最近は例えば心不全患者の方に対する緩和ケアも保険適応になる等、治療の大変な病気であればなんであれ緩和ケアを行う様になってきているとのこと。よって新型コロナウイルスにかかった患者さんも当然緩和ケアの対象になるのです。緩和ケアは、体の辛さと気持ちの辛さの両方を和らげることをします。身体面については、ガン患者さんは強い痛みを覚えることが多いので、痛み止めの薬を調整する場面が多いそうですが、その他にも息が苦しいという症状を和らげる薬を処方する事もできるのです。病気になった事、家族や仕事の心配などで辛く感じる時にお話しをゆっくり伺い、必要とあらば薬を処方することもあるそうです。息苦しさはどう楽にできるのでしょう?抗不安薬やステロイド等いくつかの薬の投与が考えられると。その中で一番確実な方法は、医療用モルヒネをごく少量使うことだとされているそうです。モルヒネと聞くと恐ろしく感じる方もいらっしゃるかもしれません。確かに昔はガン患者さんの最後の手段でモルヒネの注射をすることもあったそうです。ところが、1986年、WHOがモルヒネの使用に関する研究成果をまとめてガイドラインとして発表してからは、モルヒネは致命的な有害事象をもたらさずに使用できる薬として扱われる様に変わったのです。健康な人がモルヒネを使うのは良くないのですが、体の具合が悪い時にその状態に応じて使用すれば、体がうまくモルヒネに反応して、モルヒネは悪さをしないと。このガイドラインは今は日本でも全国隅々まで定着しているそうです。
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息苦しさに使うモルヒネの量は一般には痛み止めとして使う量よりも少ないので、その意味でも問題は少ないと思われるとおっしゃっていました。ただし、モルヒネはガイドラインに沿って体にあった量を使うことが必要で、また腎臓が悪い患者さんには効きすぎる事が知られているので、経験のある医師のコントロールのもとでの使用が絶対条件となります。それでも苦しい時に次にするのは、鎮静。手術の時に使うもの。これを使って寝かせます。その寝かせる程度も深い鎮静をかけるものから、声をかけたらわかるという程度の浅い鎮静等、家族の方に説明をしてその調整をします。その次にお話ができないといった時に何が緩和ケアの役割としてあるかというと、家族ケアになるそうです。新型コロナウイルスに感染して入院となった患者さんは、見舞いや付き添いも自由にできない。大切な人が死んでしまうのではないかという強い不安に苛まれることも当然だと思います。緩和ケアはそういう家族の辛さに寄り添い、お話しを聞き、必要であれば気持ちを楽にする薬を用意することも・・。最近、札幌などで多くの患者さんを扱っている病院のスタッフからはACPの必要性が高まっているという報告があるそうです。ACPとは「人生会議」と言われることもありますが、患者さんとその家族が病状が重篤な状態になる前に、もし万が一重篤な事になったらどの様に対応するかあらかじめ相談しておくことです。ガン患者さんでも、心不全患者さんでも、その他の長い間辛い治療を受けてきた患者さんでも、特に十分な寿命を全うしたと思える方の場合、人によっては、もうこれ以上治療はしない・・・辛くさえなければこのまま終わりにして欲しいという事をお話しになることが多々あるそうです。それが新型コロナウイルス に感染した場合、色々な報告では症状の変化が急である場合が多いと。もし患者さんが延命治療を望まないのであれば、あらかじめ患者さんとその家族がそのことを十分に話し合い、その結果を医療者に伝えておく事はとても大事なのです。緩和ケアはその様な話し合いのお手伝いもするそうです。

2020.0601 O.A 釧路労災病院 緩和ケア内科 小田浩之氏・・・1

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<part1> 
緩和ケアというものは、元々は医師や看護師の基本的スキル。なので本来はどこの病院、どこの医師、どこの看護師もできるものと。ただ、最近は緩和ケア専門の医師や看護師、そういう人たちを集めた緩和ケアチームをおく組織、病院ができてきたのです。釧路でも市立釧路総合病院と釧路労災病院に緩和ケアチームがあり、専門の医師・看護師が常駐しています。その病院ではどんな患者さんが緩和ケアを受けているのでしょう?病気としてはやはりガン患者さんが大半を占めるそう。ガンが見つかったばかりの方から治療中の方、そして再発された方等すべての患者さんが対象になるのです。特に最近は、ガン治療の早い段階、場合によってはガンと診断されたその時から緩和ケアを受けた方が良いというのが定説になりつつあるそうです。緩和ケアを受けることで毎日の生活の質、QOLが向上することが大きな理由ですが、これに加え、早期から緩和ケアを受けることで、ガン患者の生存期間が延長する可能性があるという報告もあるそう。2010年にアメリカの研究者が報告した論文では、早期から緩和ケアを受けた患者の延命効果は2.7ヶ月とされているそうです。例えば、ノーベル生理学・医学賞受賞の本庶先生が開発に携わったオプジーボの肺ガンに対する生存期間の延長効果は2.8ヶ月。この数字は単純に比較できるものではないのですが、とても興味深い結果とおっしゃっていました。緩和ケアの医師や看護師は、その患者さんの治療にあたる主治医と意思疎通を図りながら緩和ケアを行なっています。そのため、一般には主治医の先生からの紹介が必要となります。釧路労災病院では、他の病院でガン治療を受けている患者さんでも外来診察をするので、緩和ケアを受けたいと思われている方はまず主治医の方と相談されたら・・・と教えてくださいました。
<part2> 
今、全国にはホスピス、正確には緩和ケア病棟は450箇所位あるそうです。ただ、まだ釧路・根室の医療圏にはないのです。全国では、ガンの死亡者の約6人に1人が緩和ケア病棟で亡くなっている現実。釧路・根室圏域では、毎年約1200名の方がガンで亡くなっているそうです。本来なら200名位の方は緩和ケア病棟で日々を過ごしても良いのですが、この機会が奪われているのが現実。緩和ケア病棟は一般病棟と全く違うそうです。例えば、朝起きる、夜寝る時間は自由。(新型コロナウイルスの関連で制限もあるそうですが、)本来は家族知人の見舞いや付き添いも24時間自由。病室には大事な思い出の写真を飾ったり、使い慣れた家具を持ち込んだりもできるそうです。また、音楽やアート、セラピストによる癒しのプログラムもあったり。病棟によって差はあるそうですが、治療の空間というよりは、療養・生活空間があり、「生きる」ための工夫が色々されている感じ・・・と。一方で、緩和ケア病棟では手術も抗ガン剤治療もないそうです。命を永らえさせる為の輸血も抗生剤投与もされない。命を短くする事はないのですが、伸ばそうとする事はせず、行われる治療は苦しさを和らげるだけ・・・という事を受け入れる必要がある所とおっしゃっていました。釧路労災病院では、緩和ケア病棟を設置できないか検討を進めています。また、市立釧路総合病院でも準備中と聞きます。「緩和ケア病棟というものは、病院管理者が思いついてお金を出せばできるというものではないと私は思います。」これまでいくつもの緩和ケア病棟を見学なさったそうですが、ここは良いと思える病棟の殆どでは、ボランティアの方々が生き生きと活躍していたそう。「病院ボランティアというのは、戦後大阪の淀川キリスト教病院で始まりとされています。その精神には緩和ケア病棟という器に魂を入れる様な力があります。気を利かせてお部屋に季節のお花を飾ったり、家族やスタッフに甘い飲み物を用意してくれたり。見返りを期待しない純粋な気持ちに触れたら“ああ、これがホスピスマインドなんだ”と誰しもが納得するのではと思います。」

2020.0525 O.A 杉元内科医院 院長 杉元重治氏

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新型コロナウイルスが問題になってから在宅医療に変化はあるのでしょうか?まだ治療薬や診断が確立されていないので、やはり支障はあったそうです。個人のお家ならまだ良いそうですが、介護施設、グループホーム等では、一番今までのピークで大変だった時には行くのを自粛したり、もしくは施設からも今は来ないで欲しいという事もあったそうです。ご高齢の方が重症化しやすいという事も言われていますが、それは肺炎の特徴でもあり、抵抗力も落ちているという事もあるのです。ですから風邪の症状をこじらせて肺炎になり死に至る可能性があるというのが一番のリスクと。医療従事者の方ももちろん大変だと思うのですが、介護の方もとても大変だと感じます。医療者として知識のある方が全部の施設にいるわけではないので、なかなか指導が行き届かない時もあるそう。そこが非常に難しく、模索しながらやっていらっしゃると思っていたそうです。医療の中で言われている事が介護のスタッフまで情報として届かなかったり、正しい知識が伝わっていなかったりするので、その様な事を伝えていかなければならないと思っているとおっしゃっていました。会議や集会、研修会が中止になり、会話をする機会が減ると情報が行き渡らないというのが現実としてあるそうです。web上での会議は、電話だけでは伝わらない、SNSだけでも伝わらない、web上で顔を付き合わせて行う事。来るべき時代になってしまったのかな?と思うそう。今だからわかった在宅医療の強み、可能性とは・・・「新型コロナウイルス だけではなく、すべての感染症について言えることですが、高齢者の方はよく熱を出す。インフルエンザや尿路感染、市中肺炎だったり。それが何で熱が出ているのかがわかれば、大きな病院に救急車で搬送しなくてもよくなる。在宅の方が逆にトリアージになると良いなと思います。そうする事で大きな病院のスタッフも本当に治さなければならない、救わなければならないという事に集中できると思うのです。」
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最近、よく耳にする言葉「医療崩壊」とは?通常受ける事のできる医療が受けられなくなった状態で確かに医療崩壊のスタートだと思うと。イタリアやアメリカのお話しは多くの方がテレビでもご覧になったことと思います。医療崩壊は必要な医療を提供しようと思っている以上に患者さんの数が急激に広まった時に、同じ時に色々な状況が悪い方がたくさん増えた時に起こると考えられます。今後PCR検査をする人が増えると陽性という人が増えるのは考えられる話しです。ただ、今度はうまく振り分けるという事が問題になります。例えば、軽傷の方は病院ではない所で隔離するとか。一番大変なのは重症の方であり、そういった方を最優先に考える。よって重症の方がきちんとした治療を受ける事ができる様に、なるべくそこにいかない様にしていく必要があるのです。今後治療薬が使える様になり、軽傷の方はそれを飲んで自宅で静養となれば、重症化する人たちに対して重点的に高度医療を受ける様にできると思うと。その様に住み分けをするということを目標に掲げているのであれば多分PCR検査も意味がある事になると思うとおっしゃっていました。新型コロナウイルスの件はまだ今後も続くと考えられます。「今のうちに各自ができる事をやるべきだと思います。もちろん医療者も、介護のスタッフも、そして行政も。」冬になると新型コロナウイルスの事だけではなく、おそらくインフルエンザも流行り出します。空気が乾燥する事で冬場はウイルス等が活発になるイメージがあります。「新型コロナウイルスのワクチンはまだできません。早くても来年だと言われています。もしかすると奇跡的に早くできるかもしれません。新型コロナウイルスも大事ですが、それ以外の感染症も非常に大事なのです。以外の感染症をまず潰しておく必要があるのです。新型コロナウイルスが増えた時に他の病気で調子悪くならない様に今できる事ってあると思うのです。その一つが肺炎球菌ワクチンの接種やインフルエンザワクチンの接種。今から打てるのは肺炎球菌ワクチンです。65歳以上の方は今から準備ができるのです。」

2020.0518 O.A 札幌医科大学附属病院 産婦人科 齋藤豪氏

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今回の新型コロナウイルスの影響はやはり診察する上でもあるそうです。病院でのクラスターが言われた事もあり、患者さん自身も病院に行きたくない気持ちも強いと思う。さらに医療者側も患者さんを沢山診る事で感染するリスクも増え、病院にたくさん入院患者さんがいるとそれだけ密集するので、なるべく病院を空いた状態にしておきたいという事はあるそうです。いわゆる基幹病院だと、コロナが集団発生した時には一度に多くの患者さんがいらっしゃるので、ある程度病院の中で余力を残しておき、そういう時に備えなければならないということもあるのです。北海道で年間4万人位の赤ちゃんが産まれているそうです。幸いにしてまだ、妊婦さんのコロナは出ていないそう。それは妊娠していると、自分も家族も感染しそうな所にはなるべく行かない様に気をつけているという事もあると思うと・・・。でもどこで感染するかわからない状態ではあるので、医療者側もコロナを持った妊婦さんがいらしたどうしようかと心配しているそう。「万が一コロナにかかっている妊婦さんがお産になった時、分娩室という狭い密室で、まさか妊婦さんにマスクをしてお産してもらう訳にもいかないので、そこに関わるスタッフにも感染してしまう訳ですよ。というわけでシュミレーションはしています。でも実際にいらしたら・・・という話題が常にありますね。」妊娠したからコロナが悪化するとか、赤ちゃんに悪い影響を及ぼすとか、その様な事はまだ報告はないそうです。ただ、基本的には妊婦さんには負担をかけない形での出産をする様には考えているそうですが、やはりかからないのが一番。3密を避けて手洗い。今はこれしかないとおっしゃっていました。「世の中の70%位の人が抗体を持つと落ち着くと言われているんですよね。それ位の人が感染するまで状態は続くということになるのです。だから終息するまで何年もかかると言われているのです。ただその間に治療法とか予防法等がだんだん確立されていくので、被害が大きくならない様にみんな我慢しましょうというのが今の世の中の流れなのかな・・。」
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先生の健康法は?まず歩く事。週末に4~5キロ歩くそうです。今の時期はマスクをして真面目に歩いているそうですが、本当はカメラを持って公園に行って歩きたいそうです。釧路にいらした時には春採公園を歩くそう。たくさん鳥がいて、散歩をするには非常に良いのでたまに歩いていると。鳥の写真を撮る事は、まずはカメラを買ったことから始まったそう。大人買いして少し良いカメラを買い、何を撮るか考えました。そこで鳥を撮ることに。景色を撮るのは大変。人のいない様な時間、気候の変化を見ながらチャンスを待って・・・というと、風景を撮るのは簡単な様で大変なのだそう。普通の時間に普通の場所で撮ると普通の写真しか撮れないと。とりあえず色々な鳥を数多く撮り、すでに100種類以上は撮っているそうです。まずは数で満足しているとか・・・。鳥を撮影するにはずっと待っていないといけません。要は魚釣りと一緒なのだそう。辛抱強く鳥が来るのを待って、チャンスを逃さず撮りまくるといった感じ。「特に道東に行くとワシやシマフクロウ等がいるじゃないですか。自分が小さい頃は自分の住んでいたところにそんな鳥がいるなんて気にもしていなかった。今思うとあんなすごい鳥が自分のごく身近に住んでいること自体がすごいなって思うんですよ。好きなのはオジロワシ。カッコいい。」以前お話しに出ていたカブトムシについても伺いました。「一時期100匹以上飼っていたんですよ。家の中にカブトムシのカゴが20~30個。もっとあったかな?でも今やゼロになりました。餌やりが大変なんです。毎日カゴを開けて餌をあげて、たまにカゴを掃除して。。。それはそれは大変でした。」最後にメッセージもいただきました。「今話題はコロナばかり。色々な仕事の方も大変だと思います。でもコロナによって街が壊されたとか、そういう事ではなくて、今頑張れば必ず元の状態に戻っていくと思うので、大変かなと思いますが、力を合わせてこれを乗り切って行きましょう。」

2020.0511 O.A 市立釧路総合病院 泌尿器科 村雲雅志氏・・・2

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<part1> 
食べ物編続きます。続いては山菜について。食べるために採りに出かけるそうです。お料理も大好きで趣味の様になさっているとか。例えばギョウジャニンニクは天ぷらや素揚げにして。油で揚げる調理をすると匂いのもとになる成分が壊れるので、あまり匂いが残らなくなるそうです。村雲氏、昔ラワンブキの採れる地域に住んでいたこともあり、それを塩漬けにして1年中食べていたそうです。食べる時には水で戻して食べるそうですが、食感が変わって面白いそう。実はイチオシが、カラフトマスの頭とフキを一緒に炒め煮にする!最高に美味しいそうです。「僕にとってのソウルフードなんだよね。」コゴミはアクを抜かなくて良いのですごく楽。最近は、バターで炒めたり、ペペロンチーノ風にしたり。少しナッツ系の風味があり、とても美味しいものになるそうです。他にはコゴミを刻み生姜とめんつゆにつけ、その状態で冷凍することも可能なので便利と。ワラビ・・太いワラビは釧路の人たちは当たり前と思っていますが、本州の人が見ると違う植物だと感じるそうです。アクを抜くのが大変。でも手をかけるというのが科学の実験みたいで楽しいと思い出したら止められないとおっしゃっていました。刻んだワラビと納豆の相性は抜群だそうです。タラの芽はやはり天ぷらでしょうか。食べ過ぎると胃腸障害をおこすこともあるので気をつけてくださいね。また、手が届かない一番上のタラの芽はとってはいけないそうです。一番上をとるとその木は枯れてしまうそう。続いてはキノコ。釧路に戻ってきた時にキノコにはまったそうです。釧路市役所の庭でマッシュルームを発見。香りを嗅いでみてもやはりマッシュルームだったそう。最近のヒットは奥様が見つけたポルチーニ茸。イタリア料理で超高級なあれです。それを釧路で発見。大変香りも良く美味しかったとおっしゃっていました。結構身近な所に実は有名なキノコが沢山ある様です。キノコの見極めは非常に難しいので簡単に真似等は決してしないでくださいね。
<part2> 
後半はお魚からスタートです。「仕事のことで地元に戻って来たいいうのもありましたけど、一番の理由はひょっとしたら僕はカジカ汁を食べたくて釧路に帰ってきたのかな〜としみじみ思う事があります。」何かあると思い出の中の味はカジカ汁だそうです。産地でないと美味しいものは食べることができないと。根菜類と魚の汁はおそらくアイヌの人たちが作っている汁料理のオハウ、そういうのがベースにあるのでは?と思うそうです。地のもので作る塩味の汁。「鍋壊しと呼ばれるトゲカジカ。これは声を大にして言いたい。釧路のカジカは世界一です。」出汁も出るし、皮の食感と意外としまった身の感じ。その取り合わせが面白いそうです。他に・・釧路以外であまり聞かない調理法。塩をしていない生のトキシラズを白焼きにして、熱くジュージューいっているうちに醤油に漬ける。ご飯にも美味しいし、冷めても美味しい。そしてお酒にも合うそうです。意外と知られていないのがカラスハモ。今はなき居酒屋さんで、焼いて、唐揚げにして食べさせていただいた時に感動なさったと。他には砂エビの唐揚げもおすすめ。チカやシシャモの漁の時に一緒に取れるもの。色があまり綺麗ではないけれど、でも美味しいと。最後は栽培のお話し。あまり畑仕事に時間はかける事ができないので、育てるのに手間がかからなくて、でも売っていない様なもの・・となると、食べる事のできるハーブ類が多くなるそう。最近はまったのがクレソン。土で育てると別物になるとか。味がすごく濃厚になり、これをサラダに入れると最高に美味しいそう。他にイタリアンパセリ、コリアンダー、フェンネル、ディル、ローズマリー、セージ、タイム、オレガノ、バジル、チャイブ、ミント類、ルバーブ、ルッコラ、レモンバーム、ラベンダー、ボリジ、エストラゴン。釧路で育てやすいのはイタリアンパセリ、フェンネル。フェンネルはとても大きくなり、そのタネは涼感のあるスパイシーな風味があるそうです。「焼き魚の上に庭でとったハーブ類をパッとすると気分はもう・・・最高です。」
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